羽を結んで空を落ちる



片翼の鳥は空を飛べない





ぽたり、と、音を立てて赤い花が落ちた。夕日に映える赤い色の花。青々とした木々のさざめきと蝉の鳴き声に紛れて聞こえたその音にひきよせられてそちらを向くと、その後を追うように何かがひらひらと落ちていくのが見えた。よろよろと、巣立ち前の小さな鳥が飛んでいる。木で作られた餌台から滑り落ちたらしく、地面に小鳥用のえさが散らばってしまっている。 ほんのり青みがかった体色の雛鳥。まだ羽毛は完璧に生え揃ってはいなくて、飛んでいる、なんて言えるようなものじゃない。落ちないように落ちないようにと必死に翼をはためかせながら、不恰好に抗いながら、それでもどうしようもなく、落ちてしまっている。地面に向かって一直線に。助けなければ、受け止めなければ、そうしなければきっとあの小さないのちは絶えてしまう。そう思うのだけれど、体が動かない。ただ視界だけが、その無力な鳥を捕らえ続けている。雛鳥は体中の力を振り絞って生にしがみつこうとしている。でも翼じゃ掴むことなんてできない。空を切って、空を切って、ただ虚しく落ちていく。





「本当に。美鶴がいるならそれで良いんだ。」
だってぼくたちはふたりでひとつなんだから、と、甘く誘惑をするように微笑む。
「おれだって、亘がいればそれだけで良い。」
それどころか、亘以外には誰もいらないと思っている。地球上すべてのひとがいなくなったって、亘がいればそれで構わないと美鶴は思っている。 ほかには誰も要らない、ふたりにとってやさしくない世界のすべてがなくなればいいと、美鶴は願っている。ただふたりだけがあたたかに存在できる、ここに共に在ることが何の咎もなく許される世界になればいいと、美鶴はそう祈っている。
母が亘に対して持っている妄執と同じくらい、偏執的なまでに、そう、思っている。美鶴が疎んでいる母と美鶴は、よく似てしまっているから。顔立ちも、性質も。
亘も美鶴がいればそれで良いと言った。
けれど、それは美鶴のものとはきっとかけ離れたものに違いない。亘がそう言ったのはきっとただ、今母がいないから、それで寂しいから、それだけのことなのだ。
それで良い、というのと、それだけで良い、と言うのは、たった二音のことばが足りないだけだけれど、その二音はふたりの感情を遥かとおくに据えてしまうほどのものなのだ。





双子のジェミニ





ずっとうそをついていたんだ。
隠された本当が、事実になってしまうのが怖くて。





「おれはいつかきっと、羽をもいでしまう、」
「そんなことしないよ、」
「する。きっとおまえを飛べなくさせる、」
「そんな……、」
手のひらをはずして、怯える美鶴の背中に手を回す。ちいさいのに、苦しい何かで満タンになってしまっている体をつよく抱きしめる。消えてしまわないように、すべてが溢れて溶けてしまわないように。
「ぼくは、最初から飛べなんかしない。」
本当の意味でもそうだし、それが何かの比喩だったとしても。翼なんか生えていない。美鶴が思っているほどきれいなものだけ出来上がっている人間なんかじゃない。美鶴のほうがよっぽどきれいだ、硝子細工みたいな、そういう危ういうつくしさを兼ね備えている。
(きっとぼくなんかより、美鶴のほうが空を飛べる。)
その隅々まで繊細なつくりの翼で。





ぼくたちは、互いを神様の子どもだと思い込んでいた。








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