あたりつきアイスの確率について

「うわー!すっげー!」
亘が、小学生らしい叫び声を上げた。高い声が静まり返った神社に響く。
耳がキンキンするこれは、いわゆる、耳を劈くような声、っていうやつだろうか。


きれいな顔をしかめて耳を押さえる。一歩引くと伸びた髪が揺れて、たり、と、ぎらぎらの太陽の光のせいで頬に滴が垂れた。木々が生い茂っている神社とは言え、夏だ。ほかの場所(例えば学校とか)より幾分涼しいが、座った石段は心地よく冷たいが、暑い。つばの長い帽子と木々の影に半分以上隠された顔は、紫外線の仕業でほのかに赤くなっている。色が白いから、すぐ赤くなるのだ。それは美鶴の血筋ゆえのものらしくて、同じ肌質を持つ叔母がそれをかわいそうに思ったのか、自分のやや値のはる(小学生には全然手の届かない値段の)日焼け止めを塗ってくれたのに、それでも赤くなる。いったい日焼け止めを塗らなかったらどんなことになるのか、それともただ日焼け止めが高いだけで大した効果がないのか。
とか、ああ、暑いと思考がまとまらない。そんなことは今はどうでもよくて。
「・・・何が、すごいわけ。」
「あ」の字の覗いたありがちな細長い棒アイスをしゃくしゃくとかじりながら美鶴は首をかしげた。汗にぬれた髪が視界を邪魔する。手で払いのけるとぺたりとした感触。
「何、って、何って!だってアイスあたったじゃん!」
「・・・あたったけど、」
ちら、とのぞいた「あ」の字を確認する。そろそろ「た」もみえてくる頃だ。まさかあたりませんでした、とかそんなひねくれたことは書かれていないだろうし、これはあたりだろう。けれど。
「アイスのあたりごときでどうしてそんなに声を出すわけ、一つ60円だろ。」
小学校からすこし行ったところにある、老夫婦が経営している駄菓子屋。の、一本60円のアイスだ。ミルクとイチゴとミルクイチゴしかおいてない。何でその選択なのかは不明、ちなみにミルクイチゴは20円高くて80円。小学生たちに評判で、夏休みのプールの帰りなんかに(下校途中の寄り道は禁止されているけれど)よくみんな買っていっている。らしい。美鶴は初めてだから、よくは知らないけれど。今もプール帰りだが、美鶴と亘は図書室によっていたため、アイスを買ったとき回りに小学生は見当たらなかった。
「だって!なかなかあたらないんだもんそれ!」
うすいピンク色のアイスをぶんぶんふりそうな勢いで力説する。勢い、なだけであまり上下していないのはそれがアイスだと最後の理性が教えているからだろう。アイスじゃなかったらきっと振っている。現に左手に持っているプールバックはものすごい勢いで振り回されている。きっと洗濯するときに海水パンツとタオルが絡まって大変だろう。女子じゃなくてよかった。水着の面積が小さいから。
「・・・まあ、そんなしょっちゅうあたってたら採算取れないだろうし。」
ぺろ、となめてじゅじゅ、と吸うと、すこうしキン、とする感触と共にコンデンスミルクみたいな味の甘い汁。甘いのは嫌いじゃない。
「それどころじゃないんだって、ほんとにあたんないの、全然!」
倒置法を使っての力説。全然、がぜんっぜん、となって、全然度合いを壮絶に表現している。そんなに思われるなんて、アイスも放っとかれて溶けるかいがあるというものだ。いい加減舐めないと垂れるよな、と思いながら亘の手元を見つめると、予想通り、つ、ときれいなピンクが肌に伝った。
「つめた、」
肘まで垂れてぽた、ぽたとむき出しの土の地面に落ちる。影になってよくは見えないが、じんわりとにじむ。
「・・・だから言ったのに。」
「言ってない!」
「・・・・・だから思ったのに。」
熱くなる亘にあくまで涼しげに対応すると、亘は思ったっていわなきゃ伝わらないこともあるんだよ、と憤慨してまだ垂れるアイスの溶けかかった部分と肘までを舐めとった。頬を膨らませてべたべたする、と。そりゃそうだ。
しゃく。しゃく。しゃく。じーじーじー。
上目遣いに頬を膨らませて言う亘の声の後ろに、何でか同じリズムで美鶴がアイスを咀嚼する音とせみの鳴き声。
「あたらないって、どれくらい。」
「すっごく。あたったって話、聞いたことないし。それにね、去年の夏なんだけど・・・、」
階段に沿って曲げたひざの上にアイスを持ったのと反対の手を置いてじ、と美鶴の顔を見つめる。
「カッちゃんが毎日、毎日だよ?プールない日もお盆も、毎日通って一日一本以上、一本じゃなくて一本以上買ったのに一回もあたんなかったんだ!」
しゃく。
興奮気味に話す亘の言葉のあとに、気のない美鶴のアイスを咀嚼する音。
「・・・ふーん。」
「・・・すごいとか、思わないの、」
亘が体を起こす。
「さあ、とりあえずひと夏に40本以上のアイスを食べた小村には感心するけどな。」
「全部で100本以上だって、それ以外も含めて。」
「・・・それは、すごいな。」
考えて、顔をゆがめる。いくら暑いと言ってもさすがにそれは腹を壊しそうだ。さらに顔をゆがめる。
「・・・それだけ?」
「は?」
「それだけなの、だって、そんなに買ってあたんなかったのに一発であたったんだよ美鶴は、すごいとか思わない?カッちゃんは3000円くらいかけたのに、美鶴は60円であたったんだよ!」
「まあ、すごくないとは思わないけど。」
ぺろ。しゃく。ぺろ。そろそろ「あたり」の全貌が窺える頃合だ。亘のアイスは相変わらず溶けている。
「・・・反応薄いなぁ!だってそのあたり棒、3000円以上の価値があるってことじゃない!」
間違ってるとは言えないが、なんとなくおかしい論理。納得がいかず、美鶴は最後の一口を食べて難しい顔をする。
「・・・そんなこと言われても、60円は60円じゃないのか。」
「・・・そりゃ、アイスとしての価値はそうかもだけど!でもあたりとしての価値がさあ・・・付加価値ってやつ。」
フカカチ、となんとなくカタカナ発音。違う単語に聞こえる。知らない世界の果物の名前みたいだ。動物でもいい。砂漠あたりに住んでいそうな。果物だったらたぶん、南米だ。ぺろ。アイスのなくなった棒を舐めるとすこしの水分と甘み。プラスべたつき。口の周りがべとべとする。
「ああ、いいないいな!ほんとすごい、美鶴!」
きらきらとした目でみつめる。木漏れ日と言うにはいささか強すぎる木漏れ日を浴びててらてらひかる溶けかかったアイスよりもきらきらした目だ。
「だって味とか、変わらないじゃないか。ていうかお前、さっきから溶けてるんだけど。アイス。いいの、」
いい加減食べろよ、と亘のアイスをあごで示すと、うわわ、とあわてた声を上げてずも、と口に含んだ。半分くらい入っている。
「ふぁって、あたりらから、」
「・・・しゃべるか食べるかどっちかにしろよ。アイスも俺も逃げないんだからすきなほう選べ。」
淡々と言うと、黙ってアイスを食べた。どうやらアイスに負けたらしい。なんとなくせつなさが胸を走る。食べ終わってしまったアイスの棒を奥歯でぎゅぎゅ、と噛むと木の味とミルクの味がしみた。あまにがい。
「・・・だってあたりだから、なんか、味とか違いそうな気がする。」
ある程度食べたところでアイスから口をはずして唐突に続ける。亘は噛むより舐めるタイプらしく、アイスは短くと言うより細くなっている。そのほうが溶けやすくなると思うのだが、美鶴は何も言わない。
「変わらなかったけど。」
「うー・・・、」
「色も、変わらなかったし。第一、違ったらあたりって分かっちゃうし。」
「それはそう、なんだけど。・・・でもレアなんだよ!きっとみんなすごいって言う!」
うんうん、と自分で言って頷く。
「みんなって、だれだよ。」
「え・・・カッちゃんとか。」
「・・・ほかには?」
「・・・み、宮原とか?」
美鶴と共通の・・・というより、美鶴が知っている名前が浮かばず、言いよどむ。
「宮原は、言わないだろ。言っても同情とか、やさしさ。」
「・・・うううー・・・だって、美鶴ってともだちすくないんだもん。」
「・・・関係ない。」
「で、でもすごいの!もう、ほんとすごい!」
「でもアイスと交換しちゃったら、同じじゃないか。等しく60円の価値だろ。それとも何、交換しないで神棚にでも飾っておくわけ。」
「それ・・・は、しないけど。」
「じゃあ60円じゃないか。」
「あ、あたることに意味があるの!」
また憤慨。そしてアイスは、
「・・・また、溶けてるし。」
「え、」
溶けはじめたアイスが亘の手に伝う。顔を近づけてぬれた指を舐め、つ、とそのままアイスまで舐めた。亘の顔が赤く染まる。日焼けじゃなく。
「な、なななななな・・・、たっ、たべ、たべ・・・っ、」
壊れたCDみたいな。
「・・・何回言えばいいの。」
「ま、まだ二回だよ・・・。」
「多い。」
ふん、と鼻を鳴らすと亘は赤い顔のまま美鶴を上目遣いににらんでアイスの続きを食べた。しゃくしゃくしゃく。また舐められてはたまらないと、舐めるほうから噛むほうに切り替えたようだ。すばやい。
「んんん、完食!」
じゅぽ、
まだアイスを口に含んだまま木の棒が抜かれる。あたりの文字はない。
「・・・じゃあ、行くか。」
「え、どこに?」
「どこにって、アイス交換しにだろ。」
あたったんだし。至極当然。首をかしげ立ち上がると、亘は目を見開いた。
「え、もったいない!」
「・・・なんかお前、矛盾してないか。」
神棚にも飾らないで交換もしないで、ほかにどうしろと言うのだろうか。まさか捨てろ、とは言わないだろう。あれだけ興奮して語っていたんだから。
「だってせっかくのあたりアイスだよ!もったいないよ!」
「交換しなきゃただの棒じゃないか。交換すれば60円だけど。」
「・・・だから、あたりってだけで3000円なの!」
「何、ほしいの。」
「え、」
手を差し伸べると、亘はそれを取り立ち上がる。ざざざ。プールバックが石段にこすれる音。
「ほしいならあげるけど。」
「え、悪いよ!」
ふるふる、と言うよりは、ぶんぶん。首がもげそうなくらいに振る。
「そこまでアイス食べたいわけじゃないし。神棚に飾るなり交換するなり、お前のすきにすればいい。」
押し付けるように差し出すと、うあ、と落としそうになりながらも受け取る。
「・・・で、でもでもでも、」
「いいから。・・・じゃあ、さっきお前のアイスすこしたべたからお礼ってことで。」
「・・・う、」
思い出したのか、また赤くなる。かみ締めた唇がアイスでうるうるとひかっている。
「・・・わ、わかった。」
大きく頷く。ちら、と美鶴を窺う。
「じゃ、じゃあ半分こにしよう!」
「は、」
「・・・いちご味だからね!早いもん勝ち!」
さけんで、駆け出す。ざざざずずずず。プールバックが引き摺られている。ただでさえ傷んでいるのにさらに傷むな、なんて思いながら。
「アイス半分て、どうやってわけるんだよ。」
プールバックをしっかりと肩にかけてから、亘を追いかけた。




06/07/28
・・・なんだかアイスを食べる効果音が尺八のようです。しかも男性向けの。(桂木
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