少年の存在論

*ミツワタではなく、ワタミツですよ・・・!
絵チャで生まれた突発企画。CPをいつもと逆にして書こうというものです。
ミツワタとワタミツは底は同じだけど、やっぱり少し違うものとして書いてます。
甘くてどうしようかと思いました・・・。拙い文ですが、 アイカさんよろしければもらってやってください!





陽射しを浴びた肌が、日陰に入ったというのにまだ熱を持って火照っている。
夏休みに入ってから一段と日に焼けた肌をさすって、亘は図書館棟に足を踏み入れた。
クーラーの冷気が漏れているのか、廊下の空気もひんやりと冷たい。亘の他に通る者のいない廊下は静まり返ってひっそりとしていた。
汗に濡れたワイシャツがあっという間に冷たくなる。思い出したように首筋を流れる汗を、手の甲で無造作に拭った。
亘は早足で廊下を進み、図書館の扉を開ける。途端に体を包む心地よい冷気。
美鶴と出会ってから5度目に巡ってきた夏が、そろそろ盛りを迎えようとしていた。




この春に、亘と美鶴はそろって都内でも上位に位置する高校に入学を果たした。
もちろんそこに至るまでには涙なしでは語れない様々な紆余曲折があったわけだが、それはまた別の話で。
中学からにょきにょきと背が伸びた亘はサッカー部に入部し、相変わらず華奢な体つきをした美鶴は部活には入らず図書委員になった。
結局美鶴と一緒にサッカーをやれたのは、小学生の約2年間だけだ。運動神経がよく、器用な動きをする美鶴は技術面では申し分ないが、 やはり競り合いになると圧倒的に不利になる。それを早くに悟ったのだろう。中学高校と、美鶴と一緒にサッカーをやりたかった亘は残念だったが、美鶴が怪我をするところを見なくてよいので少しほっとしていた。
ただでさえ、紫外線に弱い美鶴の肌は長時間陽射しの下にいると赤く腫れて痛々しいのだ。外で活動する運動部に向いていない体なこ とは明らかで、せっかく技術はあるのに、と思うともったいない気持ちでいっぱいになる。
しかしそれも亘だけのようだ。美鶴のほうは早々に自分の体と折り合いをつけたらしく、何でもないことのように飄々としている。亘は その潔さが眩しく、強さが羨ましかった。美鶴は常に自分の一歩前を歩いているようで、悔しい。
「美鶴?」
小さい声で名前を呼んでも、返事は返らない。委員がいるはずの、本の貸し借りをするカウンターに美鶴の姿はなかった。
今日が当番ではなかったのかと心配になって、壁に貼り付けてあるカレンダーを見るが、そこには確かに「8/4午後、当番・芦川」 と書かれていた。
図書館内を見回すが、館内には勉強テーブルで勉強する者、寝てる者が十数人いるだけなので、すぐにその中に美鶴がいないことがわか る。
どこかの本棚の間にいるのかと思い、亘はひとつひとつの本棚を覗いてみることにした。
美鶴は亘を見て驚くだろうか。亘の部活と美鶴の当番が重なる日に待ち合わせることはよくあったが、こうして互いの予定が合わない日に 図書館を訪ねることは本当に稀だ。
美鶴はどんな顔をするだろう。呆れた顔をするんだろうか。眉をひそめて訝しげな顔をしそうな気もする。
(喜んでくれたらいいのにな)
まあ、美鶴のことだから喜びを顔に出しはしないだろうけど。
(あ、発見)
そんなことをつらつらと考えていると、美鶴の姿を見つけた。
美鶴はこちらに背を向け、立ったまま分厚い本を開いて読みふけっている。
横顔がかすかに見えた。真剣な目をしている。長い睫が影をつくって、いつもより瞳の色が濃いようだ。
集中すると唇が緩んで開いてしまうものなのに、きゅっと引き締めているのが美鶴らしい。
凛とした表情が綺麗で、亘は思わず見惚れてしまった。
(見慣れてるはずなのに、)
美鶴のすぐ横、亘から見て奥に窓があって、そこからカーテン越しに陽光が射しこんでいる。
陽射しのせいで金色に見える髪が、光を弾いてきらきらと輝いていた。
光は美鶴の白いワイシャツをも透かしていて、体の線が手に取るようにわかる。細い体だった。
昔は亘と似たり寄ったりだった体は、今ではもう別のなにかだった。
あの体には、消えない傷が残っている。あんなにか細い体を埋め尽くすように、無数の見えない傷がついている。
亘はその傷をひとつひとつ舐めて癒してあげたかった。両腕に閉じ込めて、抱きしめて、もう大丈夫だと言ってあげたかった。
でもそうするには自分の手は小さくて、泣きたくなるほど小さすぎて、守ってあげるなんて言う資格がないように思えた。
(もう、いいんじゃないかな)
今なら、できるんじゃないか。ふと、そう思えた。
まだ美鶴を守ってあげる力もないし、美鶴の心の強さをいつも羨んで、焦がれてしまうような自分だけど。
寂しいとき、つらいときに抱きしめて、一緒にいるから、と言えるくらいには、自分は大きくなったのかもしれない。
この腕は、君を抱きしめることができるのかもしれない。
そっと背後に近づいてみると、背中はあきれるほど小さくて、亘の胸にすっぽりと収まってしまいそうだった。
幾筋かの髪が張りつく首筋が、簡単に両手に収まってしまうほど細くて、発光しているように白かった。
誘われるようにその首筋に、そっと口づける。
美鶴は弾かれたように振り返った。亘が口づけた首筋を守るように右手で隠している。
「な・・・っ!」
驚きはうまく声にならないようだった。ぱくぱくと口を開閉させている。
「俺、美鶴を守りたいんだ」
素直な言葉が滑り落ちた。
美鶴を守りたい。美鶴を傷つけるもの全てから守る、盾のようなものになりたい。
美鶴はきっ、と眼差しを鋭くして亘を睨みつけた。
「俺は、お前に守られるほど弱くない」
(うん、そうだね)
きっとそうなんだろう。美鶴は強い。力は弱くても、亘よりもずっと強い。でも、
「だって、美鶴が好きなんだ」
好きだから、抱えた傷も君の強さも弱さも、愛して守っていきたい。
「だめかな?」
美鶴は目を見開いていた。なにか信じられないものを聞いた顔だった。
今までに見たことのないくらい、無防備だった。いまなら簡単に殺せそうなくらい。
「好きだよ」
だから、口づけた。
首筋じゃなくて、今度は唇に。
殺す代わりに口づけた。それが、亘の答えだ。
美鶴は動かなかった。力の抜けた、崩れ落ちそうな体を、亘は両腕で抱きしめた。
泣けてきそうなくらい、小さい体だった。
しばらく静かに触れ合った後で、亘は体を離す。
美鶴の体はぐらりと揺れて、倒れてしまいそうだったけれど、倒れなかった。
両足に力を入れてしっかりと立って、美鶴はまっすぐに亘を見つめた。亘も美鶴を見つめ返す。
すこし潤んだ瞳が亘を捕らえて放さない。
美鶴は少し考えた後で、静かに言った。
「俺だって、お前を守れる」
亘が目を見張ると、美鶴の両腕が首の後ろに回ってぐいと引き寄せられる。バランスを崩して危うく踏みとどまった亘の唇に、 美鶴の唇が触れた。
唇はすぐに離れたけれど、熱さはいつまでも亘の唇に残っている。
亘を守れると言った美鶴はなんだか泣きそうな顔をしていて、それが妙におかしかった。きっと鏡で映したように自分も同じような顔を しているんだろう。
もう一度細い体を両腕でぎゅっと抱きしめると、美鶴の腕も亘の背に回って、ワイシャツがきつく掴まれた。
体が大きくなってよかったと、今ほど強く思ったことはない。




06/07/30
たのしかったです(香川
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