また、夏が廻ってきた。
あの日から数えて、三度目の夏。
もう幾度もきみの名前を呼んだのに、ぼくの声は、未だ、きみにはとどかない。
今年の夏は特別に暑い。体育祭のときに体育教師並に迷惑なくらいにぎらぎら張り切る太陽(そういえば肝心なときには奥に引っ込んで役にたたないあたりも、体育教師と似ている)の光をさんさんと浴びて、じゅわじゅわけたたましく蝉が鳴いている。止まるとこなんて、コンクリートの壁しかないっていうのに。子どもをうんだって、うまれるまえにコンクリートでふたをされてしまうのに。
コンクリートコンクリートコンクリート。コンクリートの壁がぼくらをはばむ。
とか。暑すぎて頭わきそうそんなコンクリートジャングル。コンクリートなんかなくなっちゃえばいいんだ、だって照り返しが、こんなにも、暑い。
ぎらぎらめらめらじりじり。
蝉たちは、あんなに焼かれたコンクリートに止まって手のひらが焼けたりはしないのだろうか。それともぼくとは違ってコンクリートはうまく避けて、数少ない木の幹にぎっしりしがみついているのだろうか。四方八方から聞こえる蝉の声は実は幻聴だったりなんかして。
「…うぇ、」
自分で想像して自分で気持ち悪くなったりしてまったくせわない。
でもぼくだってただおろかにコンクリートの上を焼かれながら歩いているわけではなくて、ばかみたいにひたすら半袖のワイシャツを汗で、てのひら、鞄までもを伝ってぽたぽた地面に落ちる汗で湿らせているわけではなくて、目的があるから歩いているわけだ。
あたりまえだけど。人は目的なくはあるかない。基本的にはそういう作りになっている。
ぼくの今の目的は、神社へ行く、ということ。
あれから三年、通いなれてしまった神社。
あれから、きみがいなくなった、あの日から。
美鶴が転校したと言うはなしを聞いた。戻ってきたのだろうか、人柱からはのがれられたのだろうか。そう思ってすぐさま、ぼくは美鶴の居場所をさがした。美鶴に会いたくて、会いたくて、美鶴以上に会いたいひとなんかいなくて、だから、しにものぐるいできみをさがした。
美鶴が住んでいたマンションにも通った。指名手配のポスターを貼られそうなくらい通った。学校中の先生にも、尋ねて回った。小学生の足には限度があったけど、少しでもうわさをきいたらその場所へ向かったし、電話帳を頭からチェックしてみたりもした。
なのに、なぜか美鶴の足取りは一歩もつかめなかった。学校中、誰も美鶴の行き先をしらなかった。もちろん近所のひとたちも。
そして、半年もたたないうちに、みんな美鶴のことをほとんどわすれてしまったんだ。
(…いっそ、ぼくもわすれてしまえればよかったのだけれど。)
でも、わすれることはなかった。幻界でのことはいつかわすれてしまうと、そう教わったのに、ぼくはわすれられなかった。美鶴のことを。
あまりに深いところまで、美鶴が染み込んでしまっていたからだろうか。
会いたくて会いたくて、それでもきみに会えないぼくは、すがるように神社に通った。
幽霊ビルにはもう、新しい建物が立ってしまったから。
学校よりもマンションよりも、神社のほうが美鶴を感じることができた。
…まあ、どこにいても美鶴を感じてしまうのだけれど。
日向と日陰の境界線を含んだ神社の石段を、登る。五段しかないそれは、石段と呼ぶにも登ると言うにも低すぎたけど、それ以外の名称をぼくは知らない。
じゅわじゅわじゅわ。蝉の声が高くなる。さすがに木だけに密集してるということはないだろうけど、やっぱりコンクリートよりは木がいいんだろう。ぼくもコンクリートの道端より神社のほうがすきだ。
日陰が涼しいし、それにやっぱり、神聖な感じがするから。
神のおわします場所。
美鶴の言葉。美鶴がぼくの胸にのこした。
こんなところにもぼくは、美鶴をおぼえる。
どうせなら、跡形もなく消えてしまえばよかったのに。
美鶴がのこした幾つもの跡形が、三年もたったぼくの胸をまだ締め付け続けている。きっと十年たったって、変わらず。
「…暑いな。」
日陰に入り、二つ並ぶブランコの片方に座る。
キィ、キィ。
微かな音。まるでぼくの声みたいだ、なんて思うのは感傷がすぎるというものだろうか。
ひんやりした鉄の鎖が心地好い。頬を寄せる。
「…美鶴。」
目を閉じて、名前を呼ぶ。
「……美鶴っ、」
何度呼んだって返事がないことなんて、わかってるのに。
今日も美鶴とは、会えないというのに。
今日も、明日も、きっと何年先だって。
「美鶴…、」
きみに、会いたい。
それだけで、いいのに。
「そんなことすら、叶わないなんて。」
でも、たとえ会えなくても、美鶴の跡形が消えてなくなるまで、ぼくはさがしつづける。
夏はまた廻ってきたのに、雲は、いったいどこにきみを落としていったのだろうか。
06/08/13
学生は、おいしい。(桂木
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