太陽が、太陽が。
夏は終わったというのに、まっすぐ、一直線にぼくとグラウンドを焼き尽くす。
黄色い歓声と妙に張り切った声が耳をいじめてくる。
熱に、光に、声に。
四方八方から、ぼくを殺す。
夏が終わり、夏休みもあけて、九月。
夏休み呆けが抜けるのもままならないまま、せかされるように、体育祭。
一年に一度の、お祭り。
亘にとっては、中学に入って二度目の体育祭だ。
公立の中学の文化祭なんて言うのは特に店が出るわけでもなく、いわゆる音楽祭、合唱コンクールなどというものにすぎないから、亘の学校において体育祭は一年のうちで一番盛り上がるイベントだ。それを証明するように、先ほどから甲高い女子の声援と、野太くなり始めた男子の怒号のような応援がまっさらなグラウンドに鳴り響いている。
これ以上ないくらいの、気持ちのいい秋晴れ。いささか辟易してしまうほどの、雨が降るのではないかという亘のほのかな期待を真正面から裏切ったその天気。太陽。気温。
さらに加えて、美鶴が傍にいないという、現実。
・・・なんて、大仰に言うほどのことではないけれど、事実、美鶴が隣にいないというだけで亘の気分は半減どころではない。
「・・・つまんない。」
ぽつり、つぶやく。
今亘がいるのは、競技用に丸く縁取られたトラックの外側をぐるり囲んだうちの、面した校舎に向かって左側、亘のクラスの応援席。亘と美鶴のクラスは同じで一組なのだが、次の競技、100m走に参加する美鶴は入場口前で待機中。ちなみに左から二年、三年、一年と配置された応援席で、入場口は右側、一年生のほう。つまり、美鶴がいるのは今亘から一番遠いところ、というわけだ。
小学校と比べて、中学校ではクラスがほぼ倍になる。人数の問題もあって、参加する競技は、一クラスにつき幾人かの運動のできる人を除いて普通全員参加の種目(ちなみに、二年生の全員参加種目は全員リレーだ)にプラス一つだ。美鶴も亘も運動ができないわけではなく、どちらかといえばできるほうだが家庭の事情でそこは免除してもらった。ついでに、参加種目決めの会議もパスさせてもらった。
・・・それが、いけなかったのだろうか。
各学年全員参加種目のほか、種目は50m走、100m走、1000m走、400mリレーに二人三脚と障害物競走がある。特に目立つ競技のないなんとも地味な体育祭だが、亘はあまり体育祭は好きではないからそれで構わなかった。そして本当は、その中でも一番らくだといわれている二人三脚に美鶴と参加する気だったのだ。(美鶴に了承は得ていなく、勝手に、だけれど)
けれど、会議の次の日、いつものように登校時間より30分早く登校してきた二人が黒板に見たものは、美鶴の100m走への参加と、亘の障害物競走への参加の決定だった。
確かに美鶴は足が速いし、障害物競走で障害物の一つとして出てくる跳び箱は、亘の得意分野だ。理に適っている。とは、思うのだけれど・・・。
「だからって勝手に障害物にされる謂れはないよね・・・。」
障害物競走は、体育祭で群を抜いて不人気種目なのだ。理由はもちろん、人前で這い蹲ったり砂まみれになったりするのが格好悪いから。亘だってそんなのはいやだ。
二人三脚でないのなら、まだ1000m走のほうがましというものだ。
「最悪・・・。」
ぐだぐだ言いつつも美鶴を応援するためにちゃっかりとった最前列のいすにぐてっと座りながら、亘は溜め息を落とした。じっとり。溜め息まで汗で水分を帯びている気がする。
「幸せ、逃げるぞ。」
と、息を吐ききったところでまぶしい光に影が差し、後ろから声がかけられた。
「・・・宮原、」
「芦川応援するの。」
「・・・まあね。」
見慣れた顔を認めて、視線を前に戻しまた溜め息を吐く。と、ああ、また幸せが逃げた、と笑われた。回りの女子の声が高くなる。美鶴ほどではないとは言え、宮原も女子に相当の人気だ。
勉強も運動もできて、やさしくて、かっこいい、とかなんとか。
付き合うなら芦川くん、結婚するなら宮原くん、とかなんとか。
亘と会話しているうちにも、亘の隣の席に座っていた女子が席座って、とか譲ったりなんかしている。いやいいよ悪いし、それにほら俺クラス違うから。ちょっと三谷と話してるだけだし。ううん、いいのあたしもすぐ友達のとこ行っちゃうの。ねえ、だから使って。本当?悪いな、ありがとう。じゃあ、使わせてもらおうかな。なんて。女子の声が三割は高くなってる。もてる男は違う。美鶴の時だとたぶん、四割くらい。
がたがた。譲ってもらった席に座って、宮原は亘のほうを向いた。
「三谷は、障害物だっけ。」
「うん。宮原は?」
「俺、50。もう終わったけど。」
みてなかっただろ、と笑った。
「・・・ごめん。」
「いいよ、別に。三谷は芦川しか見てないから。だいすきだもんな。」
「・・・何それ!そんなことないよ!何でそうなるの!」
そりゃあ大切な友達だし、友達として、すきだけど、でも、だいすきとか、そういうものじゃない。いや、そりゃ、友達としては、だいすき、なんだけど。でもだから、そんなにやにや聞かれるようなものじゃなくて。
ぶんぶんぶん、と否定して頭を強く振ったら、すこしくら、という感覚。
暑さもあいまって眩暈。
「で、そんな三谷は今芦川がいないから不機嫌なの?」
「・・・え、」
「違うの?だから溜め息吐いてたんだろ。」
宮原の言葉に否定はできなくて、あいまいな表情を返した。
ロープが張られた向こうのトラック内では、一年生たちが騎馬戦をしている。混ざりすぎてもう何がなんだか分からない歓声。騎馬戦は盛り上がる競技の一つだ。
「・・・別に、そういうわけじゃないけど。」
「ふうん。」
歓声にかき消されそうなくらいの小さな声で言うと、宮原は興味なさげに答えて前を向いた。
「あ、ほら、騎馬戦終わった。次、芦川だろ。」
「・・・え、」
芦川、の名前につられて前を向く。宮原のくす、という小さな笑いが聞こえたのはなかったことにして。
「・・・ほんとうだ。」
やる気なさそうに、下のほうを向きながらたらたらと歩いている。きれいな色素の薄い髪には赤いハチマキが巻かれていて、体育祭の競技中は上下長袖ジャージを着てはいけないというルールに乗っ取って上は体育着、下はハーフパンツだ。長く細い手足がするりと伸びている。
そのきれいな姿をじ、っと見つめている。と。
「次芦川くんだ!」
「かっこいいよねー。」
などという声が、後ろのほうから聞こえた。思わず振り向く。クラスの女子だ。
「・・・。」
じ、と一瞥だけして視線を戻す。
「・・・気になるの?」
「別に。」
ぶっきらぼうに答えて、組んだ足の上にひじをついた。少し苦しい体勢。
その体勢で美鶴を見つめたまま、耳は後ろを向く。聞こえてくる会話は、芦川くんって彼女いるのかな、いなさそうだよね、硬派そうだし。芦川くんかっこいい!だとか、そんなくだらないもの。
なのに、妙に胸がざわつく。
それはあくまで美鶴のことで、亘には関係のないことだというのに。
「・・・なんか、やだな。」
ぎゅ、と、みじかい髪を手でつかむ。ちくり。胸の奥に痛みが走る。何で。なんだろう。
この感情の名前を、亘は知らない。
「もう始まるな。」
宮原の言葉通り、100m走者たちはもう位置についている。あとはピストルの発射を待つばかりというところだ。不自然な体勢のまま、美鶴を見続ける。
後ろの女子は相変わらず、きゃあきゃあと黄色い声で騒いでいる。もやもや。
理由と名前の分からない苛立ちと痛みは、募るばかり。
ッパーン、
もやもやしている間に、小気味良い音と振動を残して、ピストルが煙を吹いた。
走者がいっせいに駆け出す。水分のないグラウンドの砂ぼこりが舞い上がって、視界がぼやける。100m走は、300メートルトラックの楕円の長いほうを一直線に校舎に向かって右から左へと走る。つまり、亘のクラスの向かいの応援席から、こちらまでまっすぐ。
美鶴がだんだん、こちらへと近づいてくる構造なわけだ。
「・・・速いな、」
きれいな長い手足をきれいに器用に動かす美鶴をみて、ぽつり、つぶやく。そして見つめたままちょうど半分を過ぎたあたり。
「・・・っ、」
目が、合った。
目が合って、美鶴がふ、と微笑んだ。
「わ・・・。」
あまりにきれいに笑うから、かあ、と、亘の頬に赤みが差す。
「・・・。」
はずかしい、と、誰にも聞き取れないような声で零して、顔を隠し指の隙間から美鶴を見つめる。美鶴が、こっちを見た。こっちを見て、笑った。亘がおろかなことでいらいらしたからだろうか。小ばかにしたような、けれどいさめるような、そんな笑顔だった。
「・・・ううう。」
「・・・恥ずかしいやつら。」
「え、」
うなると、隣に座っている宮原が言った。
「お前ら本当、恥ずかしいな。いっしょにいるこっちが恥ずかしい。」
そう言って、人の悪い笑みを浮かべる。
「なっ・・・に、それ・・・、」
「何って、見詰め合ってたじゃん。」
にやにや。亘も釣られて口角が上がりそうになるが、耐える。
「み、見詰め合ってなんか・・・!」
「ふうん、」
どきどき。ばくばく。否定するけれど、心臓は高鳴る。
後ろの女子たちがこっちみて笑った、きゃあきゃあ、なんて騒いでいるのももう気にならない。
(だって美鶴が見たのは、確かにぼくだ。)
亘だけを見て、そして笑った。
きれいなきれいな微笑で。
(・・・どうしよう、嬉しくなってる。)
(美鶴が笑ってくれただけで、全部、もやもやとんじゃってるよ。)
この感情に似た名前なら、亘は知っている。
(でもそんなのって、おかしい・・・!)
「三谷?」
どうかした、という宮原の言葉に、ううん、と首を振って答える。
(・・・気のせい、だよ、たぶん、そう、うん。)
ただ似ているだけ、名前が、形が、似ているだけ。
そう言い聞かせてなんども頷く。
まだ、これが恋だと、認めるのがどうしても怖くて。
06/08/14
よもさんに捧ぐ!ということで。学生でイベントー。 ・・・かわいくを目指してみましたが・・・なってない!ぇ。でも返却不可で。ぇぇぇ ぐだぐだにもほどがあります。(桂木
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