アイソトープ

*お礼アンケで一位になった「あまいの」なつもりです。
*いつもとちょっと別人な美鶴がいます。
*パラみつ(前に書いたパラレル美鶴)とほのかに同じ匂いがします。
*合言葉は押せ押せ美鶴(ごめんなさい嘘です)
*香川は儚い美鶴が好きですが、天然で攻める美鶴もおいしいと思います。
*亘はいつもどおりな感じです。
*そんなミツワタが許せる心の広い方だけお進みください。



3時ちょうど。約束の時間だ。
「なんて顔してんの」
鳴ったチャイムに応えてドアを開けた亘が、ドアの向こうの美鶴を見て開口一番そう言っ た。
美鶴は不機嫌を絵に描いたようなむっすり顔をぷいとそむける。
「別に」
別に、って顔じゃないけどな。亘はそう呟くと、玄関から顔を出してマンションの通路を 見回した。美鶴の隣にあるはずの姿が見あたらない。
「アヤちゃんは?」
問うと、美鶴の眉間の皺がさらに深く刻まれる。亘は首を傾げて、手に持っていた財布と 家の鍵だけをポケットにつっこみ、底がぺたんこなサンダルを引っかけた。
「あいつは友達と行く」
亘にようやっと聞こえるくらいの押し殺した声で、美鶴が言う。カーキ色のカーゴパンツ が、きつく握りしめられて皺が寄っていた。
手ぶらの亘とは違って、黒い肩掛けバッグを斜めがけしている。バッグの金具には、美鶴 に不似合いな可愛らしいストラップがぶら下がっていた。ピンクや黄色などカラフルな色 づかいで、とぼけた顔をした犬のマスコットが付いている。
亘はそのストラップが美鶴の妹からのプレゼントだということを知っていた。
「じゃあ美鶴振られちゃったんだ」
不機嫌の理由を悟って、思わず吹き出してしまう。美鶴は少しうつむいたまま、目だけを 恨めしげに亘に向けた。随分伸びてうっとおしそうな前髪の間から覗く目が、どこの光を 跳ね返しているのか、逆光なのにぴかぴかと輝いている。
しかめられた眉といい、歪められた唇といい、それは拗ねた子供のような顔だった。
もちろん亘も美鶴も小学生で、拗ねた子供という言葉はきっとその通りなのだろうけど、 芦川美鶴には似つかわしくない言葉だ。美鶴には子供という言葉が似合わない。妙に冷めた 目をしていて、みんなと一緒に騒がなくて、いつも落ち着いている。
しかし、それが美鶴という少年の一部分でしかないことも、亘はちゃんと知っていた。
「じゃあ二人で行こっか」
亘が玄関の鍵を閉めながら笑顔を向けると、美鶴は表情を変えずにこくりと頷く。
今日は亘の住むマンションでお祭りが行われるのだ。
マンションの住民が主体となる祭りで、駐車場で行われる。ジュースやかき氷、焼き鳥など の出店も出て、小規模だがなかなかに楽しいのだ。
抽選会やサイコロのゾロ目当てで景品ももらえる。亘は去年見事野球の観戦チケットを当て た。残念ながら好きなチームの試合ではなく、父の会社の同僚の方に流されていったのだが。
祭りの参加者はというと、マンションの住人がほとんどで、後は子供たちの友人が他所から 集まってくるぐらいである。本来はマンションの住人同士の交流が目的なのだ。
亘は美鶴とアヤの二人を前々から誘っていた。本当はあと二人、カッちゃんと宮原も誘って いたのだけれど、カッちゃんは店の手伝いで忙しく、宮原は家で兄弟の面倒を見ていなけれ ばいけないということで、結局芦川兄妹だけとなった。
その芦川兄妹の妹のほう、アヤも友達と行くというので、結局残ったのは美鶴だけだ。
「アヤちゃんの友達もこのマンションなんだ?」
美鶴は無言で頷く。まだ不機嫌は直らないらしい。眉間の皺が癖になってしまったら美少年 が台無しだ。
『アヤはお兄ちゃんとじゃなくて、お友達と行きたいの』
そんなふうに言われたのだろうか。妹をとても大事にしている、それこそ溺愛という言葉が ぴたりと嵌まる美鶴のことだから、そのショックは計り知れない。
しかし、転校生であるアヤに仲の良い友人ができたことは喜ばしく、兄として複雑な心境な のだろう。
「まず最初は何食べようか。僕、かき氷食べたいな!」
階段を駆け下りながらわざと浮かれた声で話しかけると、美鶴はやっと頬をゆるめて笑みを 浮かべた。眉を下げた笑顔。苦笑、だ。
亘が落ち込み気味の美鶴を元気づけようと考えたことに気づいているのかもしれない。そう いう気遣いに美鶴はとても聡いから。
「カキ氷食べ過ぎて腹壊すなよ」
美鶴にお兄ちゃんらしい、アヤに向けるような言葉を言われて、亘は頬を膨らませる。
「そんなことしないよ。もう小さい子供じゃないんだから」
どうだかな、と美鶴は唇の端でちらりと笑った。
そういう笑顔をすると、美鶴はとても大人っぽい。亘と同い年にはとても見えないくらい。
子ども扱いされると腹が立つのだけれど、一人っ子の亘は美鶴のそういう扱いがたまに心地 よくて、ついつい甘えてしまったりもする。亘は美鶴と対等になりたいのに。
美鶴はいつも亘の一歩前を進んでいるようで、それが悔しい。だから二人でどこかに行くと きは、大抵亘が前を歩く。美鶴より一歩前に出て、美鶴がついてきているか確認するために 時々ちらりちらりと振り返りながら歩く。
子供っぽいとわかっていてもやめられないのだ。
「わっ」
美鶴を振り返ったために階段を踏み外して、亘の体はがくんと沈んだ。膝に力が入らず、地 面に激突しそうになったところで、追いついた美鶴が亘の腕を掴んで上に引っ張り上げる。
そのおかげでなんとか持ちこたえて体勢を立て直した。心臓が驚いて、ばくばくと大きな音 を鳴らしている。
「っのばか!」
焦った美鶴の声。亘はびくりと肩を揺らした。
「ちゃんと前見て歩け!」
「ごめんなさい」
反射のように素早く頭を下げると、頭の上のほうで深いため息が落とされる。顔を上げろと言 われておずおずと上体を起こすと、美鶴は珍しく苛立ったように髪の中に指を入れて、ぎゅっ と髪の束を掴んだ。
「いちいち確認しなくても、俺はちゃんとついてきてるから」
「・・・・うん」
亘は大きく目を見開いて、がくがくと首を上下に振った。馬鹿にしてるのか、と言って、美鶴 が半目で睨んでくる。
違う。驚いてるんだ。亘は答える。実際は首の振りを横方向に変えるのが精一杯で声にならな かったから、胸の中だけで。
美鶴はいつも、亘が欲しい言葉をくれる。
「ほら、かき氷食べるんだろ」
美鶴は亘の手を掴んで、その手を引くようにして歩き出す。いつもは故意に見ることのない背中が そこにあった。いつか亘の手の届かない場所に、一人で進んでいってしまいそうな背中。
(でも、大丈夫)
この手は繋がっているから。


 +


「美鶴は何味にする?僕はミックス!」
「なんだミックスって?」
「全部混ぜるんだよ」
「俺は練乳。・・・手離せよ。暑い」
「他に何か混ぜれば?」
「練乳でいい。離せって」
だって嬉しいんだもん、そう答えながら引換券を渡すと、首にタオルを巻いた人のよさそうなおじさ んが大きなかき氷機をごりごりと回して、あっという間にかき氷が出来上がった。
お礼を言ってひとつずつ受け取る。亘は美鶴の手を掴んだまま、日陰になっている階段のところまで 歩き、美鶴と並んで段に腰掛けた。さすがに片手でかき氷は食べられないから、亘は渋々といった表 情で美鶴の手を放す。
プラスティックの器が早くも汗をかいていた。溶けないうちに、と急いでスプーンで頂上の部分を掬 い取り、脇目も振らず口に含む。熱い口内で、氷はあっという間にぐすぐすに溶けて形を失った。
心地よい冷たさと甘さに思わずにっこりして、二口目は視覚的にも味わいながら口に運ぶ。
色が重なった部分は茶色が混ざった緑色をしていて不味そうだけれど、全体的に見てカラフルで華や かで、色々な味が楽しめるところがミックスのいいところだ。
そうこうしているうちに、美鶴は早々と食べ終えてしまう。暇そうに亘の食べる姿を見ている美鶴に、 亘は舌を出して見せた。
「変な色!」
いろんな色のシロップで染まった舌を見て、美鶴は肩をすくめて吹きだす。
亘は満足げに頷いて、まだ半分近く残っているかき氷をせっせと口に運んだ。美鶴の手が伸びてきて、 なんだろうと見つめていると、指先が首筋に触れて思わず悲鳴をあげる。きゃあとかぎゃあとか、そん な感じの。
ずっとかき氷の容器を持っていた手は、キンと冷えていて、背筋に電流を流されたみたいに、驚いた体 がびくんと揺れた。
「美鶴!」
美鶴はしてやったりとばかりに、口の両端を持ち上げてにやりと笑う。
なにか言ってやろうと口を開くと、美鶴の手が再び近づいて、亘は思わず身構えた。美鶴の手は今度は 首ではなく、亘の頬の口に近いところに触れて、指先が何かを拭うように動いた。
亘が驚いて見ていると、美鶴はそのまま手を引き寄せて指先を口に含む。
「イチゴだ」
亘は居心地が悪くてもぞもぞと体を動かした。頬が熱くなっているのがわかる。
亘のおかしい様子に気づき、美鶴は訝しげに首を傾げた。長い横髪が濡れた唇にはりついたのを見てし まって、亘はますます恥ずかしくなる。
「僕はアヤちゃんじゃないんだよ?」
仕方なくそう言うと、美鶴は少しの時間考えるように目を伏せて、すぐに頬を赤く染めた。
「・・・ごめん」
美鶴は時々、予測がつかない行動をして、亘を驚かせる。
そう告げたら、お前に言われたくないとすぐさま返されるだろうけど。






06/08/28
なんかいろいろごめんなさい・・・(香川
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