ひかる星、ひとつ

*この話は PlanetSodaさんの宵里さんのお話をもとに香川が勝手に妄想してできたものです。
由緒正しい神社のお稲荷様な美鶴と見習い狐の亘がいます。
例のごとく、パラレルになるとなぜか変わる美鶴の性格・・・見逃してください!涙
書くことを許してくださった宵里さんありがとうございました!煮るなり焼くなり濾すなりどうとでもしてやってください・・・・!




風が吹いて、夜にひときわ映えるススキがしゃらしゃらとさざめくように音を立てていた。
夜の野原をひっそりと、行列が進んでいく。
ふわり。ふわり。
美鶴が歩くたびに、襟足より長く伸ばした横髪が揺れた。星のひかりを集めたみたいな淡 い黄金色を、少しだけ焦がしてくすませた色をしている。
緊張の見えない涼しい顔をしているが、耳だけがはりつめるようにぴんと立ち上がっ ていた。
亘はその姿を網膜に焼きつけようとするみたいに、まばたきもせずにじっと見つめる。気 がついた友達に横から袂を引かれ、慌てて首を引っ込めた。
うつくしいかみさまの後ろを、少年のかたちをした幾人もの狐が列をなして、しずしずと 付き従っていく。これから出雲へ向かうかみさまのお付きの狐たちだ。
どの狐も例外なくうつくしい姿をしていたけれど、美鶴はそのなかでも際だってうつくし かった。
特別なときにだけ着る真っ白な着物が似合っている。着物に負けずに肌が白いから、全身 でひかり輝いているようだった。伏せたまつげが瞳をおおって、下瞼のしたに濃い陰をつ くっている。そのせいか、美鶴はまるで亘の知らない美鶴のようだった。
ちりん、ちりん、とどこからともなく鈴の音が足音の代わりに聞こえてくる。
亘はその音を、かみさまと由緒正しい神社の選ばれた狐たちが通る、その道をつくる有名 な神社の狐たちの、その後ろの小さな神社の狐たちの、そのまた後ろの見習い狐たちに混 ざって聞いていた。
遠い距離。仲間の後ろからそっと頭を伸ばしてちらりと姿を見ることができたけれど、そ れだって長い時間ではない。亘たち見習い狐は、平伏していなければいけない身分で、美 鶴の姿を見ることなんてとんでもことなのだ。
しゃん、しゃん。小さな鈴の音がいくつも合わさって聞こえるのは、前のほうで平伏して いる狐たちが鳴らすものだろうか。
ちりん。しゃん。
足並みをそろえて進む美鶴たち狐の鈴の音と、まるで呼び合うようにすずやかな音を響か せる。
ちりん。しゃん。
いつの間にか声に出してつぶやいていた亘のわき腹を、隣で一緒に膝をついていた狐が肘 でつついた。亘ははずかしさに少し赤くなって、体の影で小さく手を合わせることで謝罪 を伝える。
ちりん。しゃん。
その間も鈴は響き続ける。高いけれど軽やかなその音は、風のなかで出会い、そのまま絡 み合って夜空へのぼってゆくようだった。
狐の列に加わって美鶴と一緒に歩きたいとまでは言わないけれど、せめて近くで鈴を鳴ら すことができたら。それは亘たち見習い狐みんなの願いに違いなかったけれど、亘は切実 だった。
美鶴が遠い。それが、亘を不安にさせる。美鶴は亘よりずっと先を行っていて、スタート ラインから違っていて、手の届かない目も合わせられない偉いお狐様で、亘のことなんて いつでも忘れてしまえるのだ。
亘にできるのは、忘れられないように必死で追いかけることだけ。でもその道は途方もな く長くて、ときどきあきらめてしまいそうになる。
流れ星みたいに夜空を走って、亘の手のなかに落ちてきてくれればいいのに。


 +


「美鶴おかえり!」
亘が息を弾ませながら障子を開けると、振り向いた美鶴が微笑した。
いま帰ってきたところらしく、重ねていた衣が床に落ちている。まだ着替えはすんでいな いようで、肌寒そうな単衣姿をしていた。しかも目尻には紅をつけたままだ。紅は美鶴の 肌によく映えて、すこし掠れていてさえうつくしかった。
亘は部屋に入ることを躊躇ったが、美鶴が手招きをしてくれたので安心して傍に寄って いく。
「ほかの狐に見つからなかったか?」
美鶴が心配げに聞くのも道理で、美鶴と亘は狐としての格が全く違う、それこそ天と地く らいの開きがあるので本当ならば親しげに話すことなどあってはならないのだ。
「うん平気!ぼくはすばしこいのが取り柄だもん」
「すばしこいのだけが、だろ?」
自慢げに胸を張った亘は、美鶴にくすりと笑われて思わず赤くなり、耳をぺたりと頭に くっつけた。
「そんなことよりさ、出雲はどうだった?」
気を取り直して亘が問うと、首を傾げながらの返事。
「ふつうかな」
「ふつう、ってなに!」
亘が出雲を知らないからってばかにされているような気がして、頬をふくらませる。美鶴 は呆れたように眉を下げて、むくれた亘の頬を指先でつついた。
「いつか自分の目で見てこい」
いつになるか知らないけど、と余計な一言がつく。
それでも応援された気がして、亘は顔を輝かせる。
この言葉を覚えておこうと思った。あきらめそうになったときに何度も思い出せるよう に、大切に大切に記憶しておこう。
「変なやつだな」
ついさっきまで膨れていたことも忘れたように嬉しそうに笑む亘を見て、美鶴が吹き出し た。
「さっきまで子どもみたいにむくれてたくせに」
「もう子どもじゃないよ!」
「見習い狐がよく言う」
美鶴は意地の悪い笑みを浮かべて肩をすくめる。
亘はむっとして、亘より少しだけ背の高い美鶴の、合わせた襟の胸のあたりを掴んで引っ 張った。
「すぐに偉いお狐様になって、美鶴なんて追い越しちゃうんだから!」
美鶴は笑って、亘の頭を子どもにするように撫でる。
「楽しみにしてる」
そう言って、おとなの顔で微笑した。
亘は悔しかったけれど、美鶴の手が優しく温かで振り払うことができない。美鶴の単衣の 合わせをぎゅっと握ったまま、耳をぷるぷると震わせた。
「ちゃんと追いつくから、待っててね」
「ん?」
呟くように言った亘の声は小さすぎて、美鶴の耳には届かなかったらしい。聞き返してく る美鶴の顔を見上げて、亘は続けた。
「すぐだから。だから、ほかのひとの手のなかに落ちてしまわないで」
亘がこぼした涙を指先ですくって、何の話、と美鶴が聞いてきたけれど、亘は答えなかっ た。
あまりにも自分勝手な考えだったから。
ひかり輝く星がこの手のなかに落ちてきてほしいなんて、もう願うことはしない。
でもせめて、星がいつまでも夜空で輝いているようにと、それだけを、それだけは、まっ さらな気持ちで願おうと思う。


06/09/16
和風ファンタジー・・・?短くてすみません・・・・!
楽しかったです。ありがとうございました!(香川

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