音もとどかないほどの

ぱりんぱりんと、澄んだ音を立ててこおりの壁がミツルを取り囲んだ。
分厚いその壁はワタルの影を映してまるで鏡のようだけれど、ひんやりとした温度がそれがこおりであることをつたえている。
壁。檻。まるでとりかごのような。
「・・・ミツル、しらなかったんだ、ごめん・・・、」
どれだけたたいてもたたいても、頑丈なその壁は割れない。ミツルが自ら作り出したその壁はミツルを捕らえるとりかごであり、また、同時に彼を守る要塞でもあるのだろう。
ミツルの姿を透かさずぼんやりとワタルしか映さないのも、彼がすべてを拒んでいることを代弁しているかのようだった。
「おねがい、おねがいだから・・・出てきて・・・、」
冷たい壁をこぶしでたたきミツルを呼ぶ。けれど声も音も届かないのか、それともききたくないだけなのか、ミツルの反応はない。
「おねがい・・・、ミツル、」
悲痛な声。自分でも情けないと感じるほど。ミツル。ミツル。ミツル。
ただでさえきみは遠くにいると感じていたのに、それ以上だっただなんて。
「おねがい・・・ひとりに、ならないで・・・。」
つぶやいた声は、かぼそくちからなく。




ぐるぐるぐるりと、まわるようにこおりが己を取り囲んで視界すべてを排除していく中、いまにも泣きそうなワタルの顔がちらりと覗いた。
「・・・ぅ、」
みせるな。みせるなみせるなみせるな。
そんなものみせられたら、どうしておれがこんなにもすべて拒絶してきたのか、わからないじゃないか。
はげしい感情と嗚咽がミツルを襲う。ローブを握り締め、こおりの壁に寄りかかった。
布越しに伝わる、つめたい感触。ぬれている気がするのは気のせいだ、これはとけないようにできているから。
ガラスのような、鏡のようなこおり。景色すら透かさない。
こおりの檻の真ん中では、わんわんと、いやなおとをたてていやな記憶のかけらがくずれおち散らばっている。
唇をかみしめる。くるしい。アヤ。こんなに、くるしいなんて。でも、お前があたえられたくるしみにくらべたら。
待っていて、すぐ、もうすぐだ。
「・・・ごめん・・・、」
闇の宝玉を見つめる。と、声がきこえた。厚い壁を通したそれはかぼそくかよわいけれど、確かに分かる、ワタルのものだ、と。
「ごめん・・・、ミツル、」
膜をはったような、声。
子供特有のまだいたみをしらないようなあまいにおいのする声。
「う、るさい・・・、」
耳をふさいで拒絶する。おれにかまうな。どうして、かまうんだ。放っといてくれればいい。
ふるえる足を、首筋をつたうあせをおさえて壁からはなれようとする。けれどうまくはなれない。
これはくるしみのせいなのか、わんわん耳鳴りのようにうるさい音のせいなのか、あまくてぬるい声のせいなのか。
「しらなかったんだ、ごめん・・・、」
また、声。
何を勝手なことを言っているんだ。おまえなんか、関係ないのに。
あたまをふって、ぎゅっと目をつぶって、耳をふさいだまま崩れ落ちすわりこむ。
いやだ。音をきかせないで、何も見たくない。
ぎり、ぎりぎり。
指が髪をかきわけ、つめ先が皮膚をきずつけぷち、という音を立ててやぶいた。
つ、と、あせに混じって赤いものがこぼれ首をすべりおちる。
うすくひらいた視界は水分でうまくみえない。でも涙じゃない。涙は流れない。
「おねがい、おねがいだから・・・出てきて・・・、」
よぶ声は、やまない。
「よぶな・・・おれを、よばないで、」
あたたかな声をあたえないで。
よけい、くるしくなってしまうから。
ぐるぐるとまわるわんわんとさわぐうるさい音だけでもう、精一杯なんだ。ほかはみていられない。
がたがたとふるえながら、耳をふさぎ続ける。ききたくない、なにも。
「おねがい・・・、ミツル、」
悲痛な、声。
こんなにふさいでいるのに、どうしてきこえるんだ。こんなにききたくないのに。
目にあせがはいって、いたい。視界はもうぼやけてぼやけて、ほとんどみえない。
耳もこんなふうにぼやけてしまえばいいのに、音もきこえないほどのせかいになればいいのに、
「ミツル、・・・。」
どうしようもなく、声はきこえる。
「やだ・・・、いやだ、」
ゆるく首をふる。あせと血がぱたり、ぽたりと地面に落ちてものを透かさないのに透明なそこを汚していく。
「・・・おまえのせいだ、」
ただでさえ許容量いっぱいなのに、おまえのせいでいまにもこぼれだしてしまいそうだ。
「・・・放っておいてくれればいいのに、そうしたら、そうしたら・・・、」
おりまげたひざに、顔をおしつけひざをかかえる。
もう、いやだ、何もかも。何もかも、おまえのせいなんだ。
運命をかえなくちゃならないのに、ほかのことにかまけている余裕もひまのないのに、どうしておまえはおまえのことをかんがえさせる。
そっとしておいてくれればいい。。
「おねがい・・・ひとりに、ならないで・・・。」
「・・・おまえの、せいだろ、」
おれがひとりだとかんじてしまうのも、ひとりがくるしいとおもってしまうのも、ぜんぶおまえの所為じゃないか。
耳をふさいだ指先が震える。
わんわんというノイズはもうきこえず、ただ、ゆるくミツルをだきしめるなまぬるい声だけが、ゆるゆるとミツルの鼓膜を覆った。








いつかの絵チャ会のときに、お題だす→文字書く→挿絵っていうのをやろう!っていう話になり、そのときに突発的にできた産物です。
30分くらいでかいたのでみじかいみじかい。

ちなみにこれに入れていただいたハチさんの素敵挿絵は こちら から!
せつなくていたくてすてきです!ありがとうございました!
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