ひめごと

「……」
恥ずかしい。猛烈に恥ずかしい。
亘は頬を赤くして、膝の上で握りしめた拳を見つめていた。
亘は今電車に乗っている。友達数人と出かけたプールの帰り道だ。結構大きな屋外プール で、円を描く流水プールや長いスライダー、海のように波立つプールもある。そこまで泳 ぎが得意でない(苦手ってほどでもないけど)亘でも楽しむことができた。
疲労した体を電車の座席にもたれさせる。カッちゃんや宮原も泳ぎ疲れたのか口数が少な い。
亘もすごく疲れて手足が重かったけれど、胸は満足感でいっぱいだった。
それがなんで恥ずかしいに繋がるのかっていうと、原因はいつもの人物なわけで。
「ミ・ツ・ル!」
耳元で名前を呼ぶ。
亘の肩によりかかって寝息をたてる美鶴の耳元で。
車内の人がこっちをちらちらと見て笑っている。特にお母さんぐらいの年代の人や高校生 くらいの女の子たちは、遠慮なく何度も見てくる。
微笑ましいと思われてるんだろうけど、そのくらい小学生の亘にもわかるけど、はっきり 言ってすごく恥ずかしい。カッちゃんと宮原は見えないふりしてるけど、それだって恥ず かしい。
「美鶴ってば、」
美鶴があんまりにも気持ちよさそうに寝ているから、亘は無理矢理揺り起こすことができ ない。自然と声も尻すぼみになる。
美鶴の顔は日焼けのためか、頬や鼻の頭が赤くなっていた。それでも充分に白くて、亘は 思わず見惚れてしまう。
髪と一緒で色素の薄い睫は、思わず触りたくなってしまうほど長い。その睫が窓から射し 込む陽光を弾いて、きらきらと輝いていた。
きれいだ、と亘は素直にそう思う。こんなに綺麗な人を他に知らない。
鋭い光を宿す瞳は、今は瞼の下に隠れて眠っている。亘の首筋に触れる髪がくすぐった い。めったに気を許さない獣に懐かれているような、妙な気分になった。
亘はいつも、美鶴は動物のようだと思う。草食じゃなくて肉食の。
人の気持ちや周りの雰囲気に敏感で、目が鋭くきらきらと輝いている獣。
人にめったに気を許さなくて、でも懐くとどこまでも甘えてくる、そういう動物。
めったに懐かないから、懐かれると愛しくて、優しくして大事に守ってあげたくなる。
すごく大事で、とっても綺麗な、なんでか分からないくらい大好きな、美鶴。
ガタンッと電車が揺れた。
亘の肩から美鶴の顔が外れて、重力に従って落ちる。
「え…」
重力に従って、亘の膝の上に。
(ひ、膝枕?)
亘の頭の中は真っ白になった。
亘の両膝の上で、美鶴は小さく唸って、すぐにまた穏やかな寝息をたて始める。
亘は起こすのを諦めて、深くため息をつき、美鶴の乱れた髪を指でそっと梳いた。
満たされた気持ちになったことは、秘密。






06/07/13
男のドリーム、膝枕!(香川

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