ずるいひと

今日は和食にしよう。
普段は洋食が多いけど、日本人として和食も食べなきゃだめだろう。
ほかほかのご飯に味噌汁、焼き魚。ほうれん草のおひたしもいいな。
卵と玉葱の味噌汁にしよう。母さんは玉葱が嫌いだけど、亘の作ったものなら食べると思 う。というか食べさせてやる。
好き嫌いは健康に悪いから。
魚は、確か冷凍の鮭があったはずだ。あれは崩れやすいから、焼くときに注意してひっく り返さなければいけない。
亘は料理が好きだ。どの順でやれば効率よく作れるか考えながら作るのが性に合ってる。 味付けのときの各調味料の配分バランスなど、ちょっとした実験のようで面白い。食べて くれる人のことを考えて作ると、さらに楽しい。
そして今日はいつもより力が入っている。美鶴が家に来るのだ。あからさまに豪華にする のは恥ずかしいし癪だから、さりげなくこだわることにする。
ほうれん草のおひたしには鰹節をたっぷりかけよう。鮭は茸を乗せてホイル焼きにしよう か。
亘が作った物を美鶴が口にする場面を想像するだけで、胸が弾んだ。


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「どう、美鶴くん。お口に合うかしら」
「母さん、母さん。作ったの僕だから」
「とてもおいしいです」
「そう?よかったわ。お味噌汁のおかわりいる?」
「お願いします」
美鶴の差し出した椀を受け取って、母さんはいそいそと台所に向かった。
呆れてしまうくらい、うきうきしている。いくら美鶴が美少年だからって、そこまで浮か れなくてもいいじゃないか。我が母ながら恥ずかしい。
母さんの姿が見えなくなると、美鶴はかぶっていた猫を脱ぎ去ったみたいに椅子の背もた れによりかかって、偉そうにふんぞり返った。
「ちょっと味付け濃いぞ」
「う、うちではこれが普通なんだ!」
美鶴の言葉にむっとして、同時に恥ずかしくなる。
美鶴は料理上手だ。一緒に住んでいる叔母さんは仕事で忙しいから、食事は美鶴が作って いるらしい。妹のお弁当も作っていると聞いたときは驚いた。
洋食の腕なら負ける気がしないけど、和食となると美鶴のほうが段違いにうまい。
日本人だから和食も作らなきゃとか、そんなの言い訳だ。今日和食を作ったのは、美鶴が 和食のほうが好きだから。それだけの理由だ。それだけが理由だ。
たとえおいしくなくても、美鶴には褒めてほしかった。そう気づいてしまって、亘は悲し くなった。
「ぼーっとしてんなよ」
突然の美鶴の声で、亘は我に返った。
見ると、亘の食べかけの鮭を美鶴用に出した新しい箸がつついている。
「僕の鮭!」
「ぼーっとしてんのが悪い」
茸と共に鮭の欠片を口に放り込んで、ぱくりと食べてしまった美鶴はにやりと笑った。流 し目で亘を見やる姿が、小学生とは思えないほど堂に入っている。
「味濃いっていったくせに!」
むっとして亘がくってかかると、美鶴は少したじろいだ。
「…食べられないほどじゃないからな」
「文句言うなら食べないでよ!」
感情的になって叫んでしまったあとで、しまったと思った。喧嘩したいわけじゃないの に。
亘はただ、美鶴を喜ばせたいだけなのに。
「食べるよ」
うつむいてしまった亘に、美鶴は静かな声をかけた。
亘はおそるおそる顔をあげる。
美鶴は目を細めて微笑んでいた。柔らかい笑みだ。大きな黒目が、溶けてしまいそうなほ ど甘くて優しい。
「おまえが作ったものを食べないわけないだろ?」
この笑顔に、亘は弱いのだ。
美鶴は一切謝罪を口にしていない。普段の亘なら、そういう筋の通らないことは嫌いだ。 でも美鶴の笑顔を見ると、すべて許してしまいそうになる。美鶴はずるい。
「おいしいよ」
耳を澄まさないと聞こえないくらい小さな声で美鶴は言った。亘の耳は何故だか美鶴の声 がよく聞こえるようにできているので、その声ははっきりと届いた。
美鶴は亘から目を逸らして、あらぬところを見つめている。髪から少しだけ覗く耳たぶが 赤い。
亘の頬もつられて赤くなった。
美鶴はずるい。






06/07/14
Mさまとのメールからネタを頂きました!
亘母は台所から二人の様子を窺っていると思います笑(香川

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