プリィズキスキスキスミィ





突然のことに驚いた亘が後ずさる。というより寧ろ、飛び上がって美鶴から離れた。あぐらでゲームのコントローラーを握っている体勢だというのに、器用なものだと思う。
「・・・っななななな、なん、なんなんなんなんなんなになにっ、」
「負けてるぞ。」
「・・・っ、」
テレビのスピーカーが、亘の操るキャラクター(猫耳の、格ゲーにありがちな胸の大きな少女だ)のHPが少ないことをピーコンピーコンと告げている。耳に痛いうざったい音。淡々とした口調で美鶴が呆然としている亘にそのことを教えたが一歩間に合わず、ザシュ、とやけにリアルな音でやけにリアルな鮮血を流して少女が地面にたたきつけられバウンドした。毒々しい真っ赤なK.O.の文字が画面に浮かぶ。続いてコンテニュー?YES、NO。なぜコンテニューはカタカナなのにYES、NOは英語なのだろうかと的外れなことを思いながら、
「あーあ。」
と溜息混じりに言えば、亘がぎり、とコントローラーを握る手に力を入れてこちらを睨んできた。
「・・・お前の所為だろ!」
「お前って言うな。」
「お前だってお前って言うじゃん馬鹿!」
「だってお前はお前で俺は俺だろ。ついでに言うと俺はお前ほど馬鹿じゃない。」
「うううううっ、」
唸る。
「で、何が俺の所為だって。」
「だからっ!!」
「だから何。」
ぺろ、と舌を出して美鶴が自分の唇を舐めると、亘の頬は一気に赤くなった。美鶴のそれは確信犯だ。ん?と頸をかしげると、亘は意を決したように上目遣いに美鶴をにらみ唇を開いた。
「おっ、おま、お前が僕にちゅーするから・・・!」
指先に、そこが白くなるほど力を入れわなわなと唇をかみ締める。羞恥からか、尻すぼみな言葉。切れるぞ、とそっと手を頬に添えて親指で唇に触れると亘はもっと力をこめた。
「・・・何、意識してんの。」
にや、と意地悪く笑う。亘は目を回しそうな勢いで瞬きをする。
「・・・だ、ってお前がっ・・・、」
「キスくらいで、何言ってんだか。」
肩をすくめると、一瞬傷ついたような顔を見せてから亘は立ち上がり、コントローラーを床にたたきつける。ガコン。フローリングの床は衝撃を吸収せず、大きな音が響いた。
「おっ・・・お前はそうかもしれないけど!何せアメリカ育ちだし!」
「・・・育ちってほどじゃないけど。」
「でも僕は、っ。」
ぎゅ、と強く目を瞑る。
「僕は、僕は生粋の日本人なんだ!!」
いまいち意味の分からない言葉を吐き捨て、は、と言う間もなく亘は玄関のほうへと駆け出す。
「え、おいちょっと亘!」
一瞬呆けた後、あわてて追いかける。が、亘の足は早く、美鶴が玄関から出て階段の下を覗いたときにはもう階段を降りきるところだった。
「・・・ちょ、っとどうするんだよ、鍵、とかさ。」
どこにあるかすら知らないのに。まさか鍵を開けっ放しで人の家を放置してはおけない。
「・・・追いかけられないじゃんか、あの馬鹿。」
どうしたらいいんだよ。
美鶴はつぶやいて、家へと引き返した。
がちゃん。

あとに残ったのは、無機質な鍵のしまる音だけ。





06/07/15
(桂木

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