アイシクルユ

あつい。あついあついあついあついあついあついあついあつい。
・・・あつい。ものすごく、
「・・・あーつーいー・・・!」
扇風機のまん前を陣取り、その首ふりにあわせながら体を左右に動かす。そのおかげで。
「・・・あついんだけど。」
「当たり前じゃん夏なんだからー、あついって言うともっとあつくなるよ。」
「いや、お前が扇風機さえぎってるから風が来ない所為なんだけど。」
さっきあついを連呼していたのはお前だと言いたいのは抑えて、必要最低限必須連絡事項だけを伝える。亘は白いランニングシャツの前をぱたぱたとやりながら(いまの亘の格好はといえば、上はシャツ一枚に下は半ズボンだ)食卓に座り本を読む美鶴を振り返った。
「夏は暑いものだから季節感が味わえて良いと思う。」
「お前は涼んでいるのにか?」
「・・・ぼくものすごくあつがりなんだ。」
会話中も扇風機に合わせて動きつつ後頭部に風を受けるのを休まない。もとい、風をさえぎるのを。真剣な目で真剣な口調で言う亘に、美鶴は溜息をつく。
「・・・俺だってあついんだけど。」
「んんんんんんー・・・、」
美鶴は汗で額にはりついた髪を払う。亘は体を傾けながら唸った。
「・・・分かった。」
「は?」
「じゃあ、ジョウホしよう。」
本当に意味が分かっているのかどうか危うい発音で言い、立ち上がり台所のほうへと向かう。美鶴は亘の意図を捕らえかね、眉をひそめ首をかしげた。眉をひそめたのはそれだけの所為でなく首にはりつく伸びた髪の心地悪さもあったが。手で払うといつものようにさらりとは流れず、無理やりはがされた髪は手にべとついた感触を残した。だから夏はいやなんだ。美鶴が顔をしかめている中、亘はフローリングにぺたぺたと足音を立てて歩く。と、冷蔵庫にたどり着いたところで足を止めばこ、と良い音を立ててがこ、と冷凍コーナーの引き出しを引いた。
「ええと・・・あ、あった。」
そしてなにやらごそごそしてから(亘の家の冷蔵庫はわりと雑然としている)、奥のほうから見慣れたパッケージの某棒アイスを取り出した。おちゃめなゴリラが小憎いあれだ。
亘は二つ取り出したそれの片方の袋を乱暴に破り捨てて(もちろんゴミ箱に)アイスをくわえながらもう片方を美鶴に差し出した。
「あい、」
「・・・くわえながら喋るな。」
「ふぁっれー。」
なおも喋ろうとする亘にもういい、と言って受け取る。
びりびりびり。ごりらを一直線に両断。すこし残酷かもと思う。
「やっぱガリガリくんはコーラだよね。」
いったん口から離す。喋り、茶色いそれを顔半分に力を入れて名前どおりガリガリする。
「俺はマスカットが良い。」
ガリガリガリ。
「えー、それは邪道だー、」
あはは、と笑う。せめてソーダでしょう、ソーダとコーラ。
「ちょっと涼しくなったね。ガリガリくん強い。」
「まあな。」
言っていることはいまいち理解できなかったが、否定することはないので頷いておく。と、暑さに舐める速度が追いつかないのか、亘の口元からアイスの溶けた滴が垂れ首筋に浮かんだ汗と混ざった。が、気づいていないのか亘はそれを手に口にしたまま美鶴の隣の席に座る。
「・・・亘、」
「ん、何、」
名前を呼ぶと顔が上がった。アイスが口元から離れる。
「垂れてる。」
あごを捉え首筋を舐め、競り上がって口元までたどり着きちゅ、と一度唇に吸い付いた。
「ん・・・う、」
くすぐったいのか亘は身動ぎ。そうして、
「美鶴、口冷たい。」
にこりと笑った。
「・・・お前だって、冷たいよ。」
美鶴はそっけなく返す。亘は照れるかと思ったのだが、人前でなければあまり照れないようだった。すこしつまらないな、などと思いながら美鶴はガリ、とまたアイスに噛み付く。
「やっぱガリガリくん強いよ。」
さっきまであんなにあつかったのにね、
楽しそうに笑う亘に、お前のほうが強いよなんて思いながら。
「まあまあな。」
アイスの温度に反して上がる鼓動と体温の所為で、唇の冷たさは、鮮明に。




06/07/13
最初の「あつい」連呼を漢字表記にしたらゲシュタルト崩壊を起こしたのでひらがなにしてみましたいちゃこらミツワタ。ひとりっこ全快ぎみの亘。(桂木
戻る